キリル文字と、喧騒と
7時間のバス。やっとのことで辿り着いた旧ユーゴの首都。思った以上に活気があって、キリル文字しかなくて、駅周りは交通量が多い。すごく都会に感じた。
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7時間のバス。やっとのことで辿り着いた旧ユーゴの首都。思った以上に活気があって、キリル文字しかなくて、駅周りは交通量が多い。すごく都会に感じた。
赤いトラムで新市街へ。そこには、現代的なビルと平和なスナイパー通りが共存していた。ソガンドルマに、チェバブチチに、コーヒーと頂くヴァクラバ。ボスニアを味わう。
サラエボは小さな町だけど、ほぼ100年前には、かつての戦争が始まった場所だった。ヨーロッパの火薬庫と呼ばれる所以になった出来事。夕暮れのアザーンが響き渡る。
イスラムの影響が強いモスタル。異国情緒溢れる商店の品々に、ネズミ色の石畳みに、平和の印として再建されたスターリ・モスト。戦争の記憶がふと蘇る。
山を登ること小1時間。ロープウェイを横目に汗だくになる。爆撃は数知れず。たった、20年前だというのに。
旧市街をぐるっと囲んでいる城塞の上を歩くと、下界からは見えない景色が見えた。ラグーサがどんな国だったのか刻まれた言葉が語る。
水槽で泳ぐ魚を観察して、そのあとに食べるシーフードリゾット。波に揺られて、城塞を眺める。飛び上がるほどの冷たい水もなんのその。
ギロチン広場でネコの楽園を見つける。具沢山のシーフードは白ワインで。旧総督邸で奏でられる心地の良いメロディー。もちろん締めはジェラートで。
坂道の路地でネコを追いかける。城塞からはアドリア海に沈む夕陽をビール片手に眺める。レモンビールが好きになったのはこの頃。
余剰時間となったコルチュラ滞在。そうでもしないと、ぼーっと海を見つめるような時間もなかったかもしれない。
嵐は去り、ほっとしたのも束の間、ちょっとしたハプニングが発生する。それによって、生まれた地元の人との触れ合いがあった。
トンネルだらけの路地を抜けて、丘の上にある大聖堂へ。ずっと穏やかだと思っていたアドリア海は、別の顔を見せる。
城塞にあるカフェで飲むビールに、沈む太陽とともにあったRadiohead、そして、異国で食べる日本食。sushiと寿司は別物である。
フヴァルから小島へ。夏のような日差しに、エメラルドグリーンに輝く海。泳ぎたくないわけがない。島には驚きのビーチがあった。
島の海はことさら透明度が高くて、冷たい。泳ぐことは難しい。だけど、眺めているだけで癒される。そんな海だった。
市民の顔が並ぶ大聖堂は真っ青な空を背景に白く光る。窯で長時間煮込まれたペカと、熟成が浅い自家製ワイン、温かい日本語。
晴天のトロギール、ウィスキー味のジェラートが忘れられない。マルヤンの丘からの青すぎる空。そして、道端の猫たち。
帰ってきたスプリト。一年前に行ったときにも、この紺碧の海とオレンジ屋根の風景に魅了された。それは今回も変わらなかった。
一年の歳月を経て、アドリア海へ。バスに揺られて6時間。またもや宿には誰もいない。そばにあるカフェのウェイターに助けられるが。
曇り空のプリトヴィツェ。絶景を追い求めて、へとへとになるまで歩き回る。山を登り、洞窟を抜け、見た景色は。
プリトヴィツェに行く前の下準備。24時間営業の地下街、H&M、イオンのようなショッピングモール。バスの時間ギリギリまで防寒服を探し回って。
こじんまりしたザグレブをぶらぶらと歩く。聖マルコ教会に、ナイーブアート美術館、失恋博物館、クロアチア料理に、青いトラム。
ザグレブに到着。トラムにも乗れず、右往左往する。やっとのことで、辿り着いたアパルトマンにも誰も人がいなかった。
すべてのはじまりはカタール航空から。18時間も狭い飛行機のなか。Rideを聴きながら眠れない夜を過ごす。
2017年の旧ユーゴ旅を、記憶を頼りに再編集しているブログ。時間が経っても残り続けたことを執筆中。more